笑うように歌う「てら」の歌が、彼の核心の発露として響いた。
「アイアムアイ」からバトンを引き継ぎ、どすこいステージに登場したのは、大阪の酩酊シンガーこと「てら」だ。酒と共にあるヘベレケな生活の中で起こったことや家族のこと、見たもの・聞いたことを曲にしていく彼の歌は、言うなればエピソードトーク・ブルースである。
初めに、最近バンドを結成したことをサプライズで報告し、この日のライヴはバンドメンバーとなったみっくん(Gt)との特別編成での演奏となった。
演奏前に観客へ深くお辞儀をしてから、1曲目「にゃんとかにゃるさ」へ。笑うように歌い、歌うように笑うてら(Vo,Gu)の「歌うこと」に対する姿勢が印象的で、1曲目から思わず胸が熱くなった。また、てらが紡ぐフォークギターのナチュラルで温かな音色と、みっくんが奏でるエレキギターの煌びやかでドリーミーな音色との鬩ぎ合いが眩しいほど美しかった。
最近味園ビル(大阪市中央区にある複合型商業ビル)に行ったが、ご時世的にやっている訳もなかったというエピソードを話し、「コロナ明けたら、(味園ビルで)しこたま飲みましょうね」と曲紹介して2曲目「午前五時の味園ビル」へ。酒浸りだった自分自身の毎日を色濃く写し出した詩が、「こんな失敗してもうた。君もそんなことない?」と、リスナーの心に優しく語り掛けるように圧倒的に響く。全ての歌は彼自身、“てら” そのものなのだから、彼の感情がそのままメロディーに乗って飛び込んでくるような感覚だった。
次は、子どもとの日々を描いた「フードコート」。登場するのは愛娘のために奮闘する父としての彼の姿であり、“タバコ吸えて飲酒できれば もうどこでもよかった俺たちが”とこれまでのだらしない日々はもう過去に葬り去っており、彼の成長が見えてちょっと泣けてくるような1曲だ。大らかで伸びのある歌声と、人に寄り添うメロディラインが会場中を癒し、観客は歌詞やメロディーに耳を傾け、じっくりと聴いているようだった。
「コロナの影響で別居することになった奥さんと子どもに捧げます」と曲紹介し、4曲目「スーベニア」へ。私生活で何があったのかはよく分からないが、「また僕ら一つ屋根の下で」と歌うラストのフレーズにグッときた。
続けて「おやすみ」を披露し、最後の曲「とーさん」へ。彼の処女作であり、父親の死について綴ったシリアスな曲を、長い髪を振り乱しながらエモーショナルに演奏してステージを締めた。
演奏し終える度に、「ありがとうね」と観客へ心から感謝する姿が印象的だった。彼のリアルな感情や人間性を体現したようなライヴで、観客一人ひとりの中にその存在をしかと刻んだ。また、11月にバンド活動を本格的に開始し、作品もリリース予定だという彼の新たなフェーズにも期待したい。